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〔短〕ユニフォームの王子さま(一)


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 父は大のプロ野球ファンだった。

 そのため、私が物心ついた時、茶の間のテレビは毎晩ナイター中継が映っていた。そして休日には、自転車の前に乗せられ、近くのグラウンドで草野球まで見せられた。おかげで小学生の私は、野球のルールや父の贔屓の球団の主要選手名、背番号を覚えてしまっていた。

 しかし中学生になると、そんな私に変化が表れた。スポーツとしての野球よりも、ユニフォーム姿の選手に心をときめかせる思春期を迎えたのだ。特定の人がどうのというわけではない。あの野球のユニフォーム姿に漠然と恋をしてしまったのだ。キャッチャーに稀にいる特殊な体型を除けば、すべてが私にとっては白馬の王子さまだ。

 

 私は高校生になるのが楽しみでならなかった。

 テレビで見る高校球児たちを生で見られる! それだけで胸はときめく。ひとりでもドキドキなのに、ナインたちと遭遇したら、どうなってしまうだろう? 甲子園の開会式など行った日には、まちがいなく私のハートは破裂だ。

 ところが実際に高校に入学して、野球部の練習を間近に見た私は唖然とした。

 番号のないただの無地のユニフォームに、前にはでっかく、それも不揃いに部員の名前が書かれている。甲子園球児を見慣れていた私にとって、それは目を疑う光景だった。そのあまりのダサさに衝撃を受け、それまでの膨らむ想いは無残にも砕け散った。

 白馬はどこかへと走り去り、王子さまも煙のように消えていった――

 

 考えてみればたしかにそうだ、舞台裏というものは、だいたいみんなそんなものだ。

 お芝居だって、人目に触れない稽古は見苦しいものだろうし、コンサートやサーカスだってきっと同じだ。苦労の成果を披露する晴れ舞台だけが美しいのだ。

 それに、白馬の王子さまだって、城に帰れば、パンツ姿でお尻を掻いているかもしれない。高校生ともなれば、半分大人、悲しいことにそれくらいの現実は頭をかすめる。

 乙女の夢が幻となりかけたその時だった。



by mirror-lake | 2017-07-20 08:44 | 【短】ユニフォームの王子さま

ささやかな楽しみで書いている物語。   誰かの心に染みてくれることを願って……

by 鏡湖