人気ブログランキング | 話題のタグを見る

家族の季節 <娘の春>(五)


 話を聞いていた葉子は、わが子の側に立つべき立場にありながら、茂樹に感情移入してしまう自分をどうしようもできなかった。

「わかりました。おとなしい茂樹さんと勝ち気な千佳は相性がいいと思っていたけれど、あなたが無理をしていたのね。

 母親の私が言うのも変だけど、確かにあの子は自分勝手できついところがあるわね。でも、そんなところを本当に受け止めてくれる人でなければあの子も幸せにはなれないでしょうから」

「すみません……」

「嫌味に聞こえたらごめんなさい。そんなつもりで言ったわけではないのよ。でも私が納得しても本人の問題だから、あの子にどう伝えたらいいか……変に刺激して、意固地にでもなったらこじれるだけだし。

 とにかく、その女性とは何でもないと言い通してくださいね。実際何もないのでしょうけど、メールや食事だけでもあの子には許せないことだと思うから。

 それからのことはじっくり考えることにして、まだ別れ話は切り出さない方がいいわ。当分はこちらにいるつもりらしいから冷却期間を置くことにしましょう」

「でも僕としては……」

「わかっています、やり直す気はないのよね。冷却期間というのは表向きで、実際は善後策を考えるための時間稼ぎですよ。愛のことだってあるし」

 それだけ言うと、葉子はうつろに窓の外を見た。

 千佳をすんなり納得させる方法などあるのだろうか……それより、茂樹を翻意させる方法はないだろうか……そもそもこのふたりの結婚は間違っていたのだろうか……

 いろいろな思いが頭を巡ったが、こんな時頼りになるはずの夫は、決まって仕事を理由に逃げ腰になる。

「お義母さん、こんな時になんですが、おめでとうございます! 今日お誕生日ですよね」

 いつのまにかテーブルの上にケーキが運ばれていた。そういえばさっき、茂樹が店員を呼びとめて何か耳打ちしていたのを思い出した。

 そして、葉子はすっかり忘れていた、あの突然の訪問者が現れるまでは、ケーキとブラウスを買いに行くつもりだったことを。

「私の誕生日、覚えていてくれるなんて……」

「ええ、毎年千佳にはお義母さんに何かお祝いするようにと言っていたのですが、その様子では千佳は何もしていなかったみたいですね」

 家族の誰もが忘れている誕生日を娘婿の茂樹だけは覚えていてくれた。うれしいけれど、この人とはもう他人になるのだ、そう思うと葉子は淋しかった。

 もう来年は、誰も覚えていてはくれないだろう。



by mirror-lake | 2017-10-11 08:30 | 『家族の季節』

ささやかな楽しみで書いている物語。   誰かの心に染みてくれることを願って……

by 鏡湖