2026年 01月 13日
〈再〉エッセイ ㉚ 普通でない日々
二〇二〇年――それは日本にとって輝かしい年になるはずだった。
首相や都知事は華々しい舞台に立ち、国民は非日常の歓喜に沸く。ところが、年が明けて訪れたのは真逆の非日常だった。オリンピックが延期となったばかりか、毎年の恒例行事さえ取り上げられ、あげく仕事や学校などの日常生活までもが脅かされた。
最初の頃は対岸の火事で終わるかに見えた。ところが気がつくと、まるでパニック映画の中に放り込まれたような日常になっているではないか!
見えない未知の敵の恐怖、感染防止のための無情なまでの隔離、そして何より、終わりが見えないという絶望感――
今、エッセイを書くとこういう内容になる。だから控えていた。いや、心が重くなって書けなかった。
でも、この当たり前でない日々が日常となりつつあり、その中で生きていかねばならないのであれば、少しずつでも慣れるしかない。
ワクチンや治療薬が開発されればきっと状況は良くなる。そんないつになるかわからない先の希望しか持てない心許なさ。この冬を乗り切れるのかが今から心配でならない。
五年後の世界――どうなっているのだろう?
ああ、あの時は大変だったね、とみんなでしみじみ語り合っているのだろうか? それとも、新しい日常が定着して、まったく別の世界になっているのだろうか?
知りたくもあり、知るのが怖くもある。
2020.6.14
【 追記 】
一年後の夏、感染爆発寸前の危機。
こんな重大事だというのに、世の中、あの頃のような緊張感はない。
慣れとは、恐ろしいものでもあった……
2026年 01月 11日
〈再〉エッセイ ㉙ まさか
ここ二十年で世の中が急速に変わり始めた。
パソコンが家庭に普及し、画期的だと思った携帯電話もあっという間にスマホへ。戸惑いを覚えながらも、どうにかついて行けると思っていた。
ところが、しだいに知らない単語が飛び交い、説明が理解できないように。
まさか、時代に取り残されていくとは思わなかった……
オレオレ詐欺などの高齢者を狙った犯罪。
これだけ世間で注意喚起されているのだから、自分は大丈夫だと思っていた。ところが先日テレビで、最近は裁判所を騙った書類が届くと聞いて、途端に自信が薄れていった。
ひょっとしたら、騙されるかもしれない……
昨年暮、東京に直下型地震が起こるという架空のドラマが放送された。あまりにリアルで衝撃的な映像に唖然とした。いつかは確実に起こるだろうが、自分が生きている間は大丈夫な気がしていたから。
それなりの覚悟が必要なのだろうか……
思春期の頃、自分が歳老いるなどとても考えられなかった。いや、結婚することも、母親になることさえ想像できなかった。
ところが着実に時は流れ、今やその想像もできなかった現実の中にいる。
そして、亡き両親がおそらく感じたであろう、孫たちのかわいさや、老いの不安をしっかりと味わっている。
まさか、自分が高齢者になるなんて……
まさか、思い出ばかりを愛おしむようになるなんて……
はたして、この先まだ、新たな“まさか”が待っているのだろうか……
【 追記 】
この後、とてつもない “まさか” が起こった。
それも、日常生活がガラリと変わり、世界をも揺るがす大変な事態に。


