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―28ー 賞味期限

 今年のイブも、この彼と一緒に過ごすことになるだろう。でも、私の胸はときめかない。いつからこうなってしまったのだろう?

 

 去年のイブに彼から告白された時、願いが叶った私の胸は最高にときめいた。今思うと、あの喜びは一週間で色あせたように思う。ひと月もすると恋人であることが当たり前になり、だんだんとわがままが出てきた。そして、一年でそれは積もり積もって不満の塊となってしまった。最近では、この彼ともそろそろかなあ……そんな風にまで思う。

 

 物事には賞味期限があるのだろうか? 恋愛ばかりではない、仕事や趣味でもそうだ。

 

 新入社員の頃は右も左もわからず、懸命に仕事を覚えた。社会人としての自覚を持ち、充実した日々を送っていた。しかし、それも長くは続かなかった。仕事の要領がわかってくると手を抜くことを覚え、しだいにやる気は失せていった。同じ顔ぶれと顔を突き合わすマンネリの日々に転職が頭をよぎるが、きっとどこへ行っても同じだろう。

 

 私の唯一の趣味は絵を描くことだ。地元のサークルに所属している。一年おきに開かれる自治体の展覧会に、今年、私の作品が初めてサークルの代表として出品された。そして、なんと賞まで取ってしまった。私は夢心地で表彰式に臨み、晴れやかな笑顔でトロフィーを受け取った。

 私には絵がある! そんな喜びを胸に壇上から下りてステージ裏に回ると、誰かの話し声が耳に入ってきた。

「すごいですね! この賞の常連なんて」

「まあ、こんなところでくすぶっているようじゃしかたないさ。子どものお絵かきを褒められているようなものだからな」

 一瞬にして、私が手にしているトロフィーは輝きを無くし、ただのおもちゃに変わった。

(そうだ、上を目指す人はいくらでもいる。私のいる位置ははるか下の方なのだ)

 それ以来、私は絵を描いていない。

 

 イブを一週間後に控え、私は風邪をひいてしまった。丈夫が取り柄の私は気にも止めず、いつものように仕事をしていた。ところが、治るどころか急激に悪化し、高熱と全身の激痛で起き上がれなくなってしまった。たかが風邪と思っていたが、熱は下がらず、食事もとれず、どんどん体は弱っていく。心まで弱気になった私は、心細さに涙が滲んだ。風邪なんかでこんな情けないことになるなんて……

 そんな中、ひとり暮らしの私を心配して、彼は毎日仕事帰りに様子を見に来てくれた。

 

 今年のクリスマスイブ、彼は病み上がりの私を気遣い、人込みを避けて近所のレストランを予約してくれた。クリスマスが快気祝いになったね、と笑いながら。

 

 当日、久しぶりの外出に私の心は弾んだ。

 一昨日の朝、ようやく熱が下がり、久しぶりに自分の体が戻ってきたように感じた。あの時の清々しさは、まるで生まれ変わったと言っても過言ではない。風邪をこじらすと怖い、ということと、元気に朝を迎えられることがこんなに素晴らしいということが、心底身に染みた。

 そして、毎日のように差し入れを手に看病に来てくれた彼に、心から感謝した。人は弱っている時に差し伸べられた手を決して忘れない。そして、困った時にこそ、相手の本当の姿が見える。

 

 食事後、彼は照れ臭そうに小さな包みを差し出し、

「結婚しよう」

そう言った。

 予想もしていなかった言葉に驚きつつ、私は心からの笑顔でうなずいた。

 この彼と健康な朝を迎えられたら、今の私に他に望むものはない。風邪は万病の元と言うが、人生の特効薬になることもあるようだ。

 今日この日の感激は一生あせることはないだろう。私を大切にしてくれるこの彼とともに歩いていこう。そして、明日からまた、大好きな絵を描こう。

 いつのまにか、私の周囲から賞味期限は消えていた。


by mirror-lake | 2017-03-06 08:02 | ショートショート

ささやかな楽しみで書いている物語。   誰かの心に染みてくれることを願って……

by 鏡湖