2019年 10月 04日
暦 ―こよみ― 卯月(四)不可解な提案 <前編>
今日、由紀子は直樹に合わせて休みを取っていた。昼間はデート、夜にはふたりで兄、浩一と落ち合うことになっている。
この日は後の約束があるので、遠出することなく、山下公園で待ち合わせて港を眺めながらゆっくりと過ごすことにした。
昼前に訪れた公園は家族連れよりカップルが目立ち、自分たちもそうでありながら、仲睦まじい光景があちこちに見受けられると、なんだか気恥ずかしい気がする。
「お兄さんが僕に会いたいなんて言ってくれてうれしいな」
「何か失礼なことを言わなければいいんですけど……」
「僕は兄弟がいないから、ぜひ、仲良くさせてもらいたいと思っています。お兄さんて呼べる人ができるなんて本当にうれしいですから」
「そんな、私たちはまだ……」
「そうでしたね、何も決まったわけではありませんね。でも、お兄さんて呼んでもいいですよね? 真中さんて呼ぶのも、なんかよそよそしい感じですから」
「そうですね」
天気がいいので、陽射しは初夏を感じさせる。
「のど乾きませんか?」
そう言うと、直樹は自動販売機へ冷たい飲み物を買いに行った。
ひとりベンチに残された由紀子は、正面の海に浮かぶ何隻かの船をぼんやりと眺めていた。空には雲が浮かび、時間はゆったりと流れている。とても心地いい。そして、直樹と過ごすことにも慣れてきて、ようやくふたりでいても緊張することがなくなってきた。
でも、先ほどから見かける他のカップルたちのように、べたべたくっついたり、高らかに笑い合ったり、そんな恋人同士の甘い雰囲気が自分たちにはない。まるでつい最近、それも友人の紹介で知り合ったような距離感がある。そんな関係から抜け出せないのはどうしてだろう? 自然な形で出会い、互いに惹かれ合った理想的な出会いのはずなのに……。
「由紀子さん、お待たせ」
直樹から手渡されたアイスティーは、由紀子の喉を気持ちよく潤した。
「お兄さんてどんな人ですか?」
「外見は母似で、私には似ていません。性格は男にしてはおとなしい方かな、でも、ちょっと口は悪いですけどね。それを言ったら、早紀子の方がうわてかな」
「兄弟の中では由紀子さんがもっとも控えめってことですね」
それって、褒め言葉だろうか? 由紀子は、自分がつまらない人間だと言われているように感じた。自分たちが他のカップルと違うのは、私のせいかもしれない。
そして、思い出した、あの突然のキスのことを聞いてみるのは今かもしれない。でも、何と切り出していいかわからず、そわそわしていると、直樹の方から尋ねてきた。
「どうかしましたか?」
「いえ、あの……先日お宅に伺った帰りに、その……」
直樹はすぐに由紀子の言いたいことを察して、頭をかいた。
「あの時はすみませんでした。思いもよらず由紀子さんがわが家へ来てくれたのが本当にうれしくて、お酒も入っていましたし……。
でも、これからはあのようなフライングはなしにしますから安心してください」
「いえ、その……私は……」
「あの時の戸惑いかたで由紀子さんの気持ちはわかりました。ちっとも嬉しそうではありませんでしたから」
「…………」
「冗談ですよ。まだお付き合いを始めたばかりだというのに、僕の焦り過ぎだと反省しています。
ところで由紀子さん、連休は何か予定ありますか?」