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暦 ―こよみ― 皐月(四)弁護士事務所の行方 <前編>


 その日の真中家の夕食は、和孝の兄政興の話が続き、食事が終わっても、由紀子と早紀子までもが残ってその話に聞き入っていた。

「お義兄さん、本当にどうされるんでしょうね?」

「さあな、とにかく通夜葬儀には母さんもいっしょに行ってくれよな。姉さんのところはどうするかな。姉さんの姑さんの時は、たしか兄貴ひとりが通夜にだけ顔を出したよな」

 政興の舅、鵜原源次郎が昨夜亡くなったとの連絡が入った。

 政興は源次郎にその手腕を買われ、源次郎が経営する弁護士事務所に入ったことで、政興の弁護士人生は大きく飛躍を遂げた。跡取り息子、正志がいるにもかかわらず、源次郎は政興にひとかたならぬ期待をかけた。政興もその気持ちに答え、事務所はさらに大きくなり、加えて源次郎の娘香津子との結婚により、政興の立場は盤石なものとなった。それでも律儀で温厚な政興は、正志との関係に心を配り、野心のかけらも見せることはなかった。

 そんな兄にとって大恩ある舅が他界した。付き合いが疎遠になりつつあるとはいえ、兄弟の自分たちはそろって、お悔やみの情を表すのが礼儀というものだろう、と和孝は思った。

 

 通夜葬儀ともに、それは盛大に行われた。

 駅から葬儀所までの道は喪服姿の人で埋まり、会場には収まりきれない献花が窮屈そうに並んでいた。さすが大手弁護士事務所を一代で構えた故人の葬儀である。真中家側からは、和孝夫婦と節子夫婦が参列した。

 驚くことに、弔問客は故人の息子である喪主の正志より、事務所古参の政興の方に挨拶する人が多く、その影響力の大きさをうかがわせた。その様子は、和孝と節子に一抹の不安を感じさせるものだった。

 



by mirror-lake | 2019-10-14 09:50 | 『暦 ―こよみ―』

ささやかな楽しみで書いている物語。   誰かの心に染みてくれることを願って……

by 鏡湖